三月のある週末、出張で大阪にいるツレと合流すべく、私は兵庫県某市の実家へ帰ることにしました。実家の都合も確認しないままの急な帰省だったため、実家滞在二日目、親兄弟は外出。私とツレは実家にポツンと二人きり。折角久々に二人で帰ったはいいけど、なんかヒマだね~などと、懐かしい関西ローカルのTVをだらだら見ながらブランチをしているうちに、突然思いついたのが、「そうだ!京都に行こう!」でした。新快速に揺られて40分、JR京都駅に到着したのが午後1時半。ガイドブックは、駅に置いてあったペラペラの地図。実にお気軽で、エェ加減な旅でございます。
それでも一応は目的地を定め、JR京都駅の0番線ホームから出ている嵯峨野線に乗って一駅、丹波口駅で下車しました。京都観光をするなら、JR京都駅からバスを利用するのが賢いんでしょうけど、私たちが頼りにした地図には、主な名所と路線しか載っていなかったんです。丹波口駅をあとに、千本通を北へ上り、てくてく歩くこと20分、いや30分? 目指すは壬生寺! 龍馬ブームの今、何故、新選組?って感じですが、これも幕末動乱の舞台を巡る旅ってことで。
さて、壬生寺に到着。表門(写真01)、本堂(写真02)、千体仏塔、砂利敷きの境内・・・おぉぉ、ここかぁ! これまでのダレダレ気分が消え失せ、感動がわいてきました。この寺は、新選組が武芸などの訓練に励んだだけでなく、隊士が壬生狂言を観賞したり、相撲を催したりしたことでも有名。今は静かな境内で、あぁ、今自分が立っているこの場所に、あの新選組がいたのかぁと、約150年前の喧騒に思いを馳せました。
壬生寺は、京都では珍しく律宗の寺院です。園城寺の僧が10世紀の終わりに建立し、古くは宝憧三昧寺といったとか。ご本尊は、重要文化財の延命地蔵菩薩立像。身根具足、寿命長遠、聡明知恵、財宝盈溢など十のご利益があるとかで、私もしっかり手を合わせました。
境内の東には阿弥陀堂があり、新選組隊士らが祀られている壬生塚への入口(写真03)となっています。参拝料は100円。もちろんレッツゴーです。が、阿弥陀堂に入るや、キャッキャとはしゃいでいる若い女子の群れに遭遇し、通せんぼを食らいました。お守りやおみくじと一緒に、新選組グッズが売られている様子。
何とか人をかき分け、さぁ壬生塚のある「池の中の島」へ。結構スペースは狭いのですが、お墓やら石碑やらが、樹木と共に小奇麗にギッチリと並んでいます。こちらにあるのは、近藤勇の胸像と遺髪塔(写真04)、
芹沢鴨と平山五郎の墓(写真05左)、河合耆三郎の墓(写真05右)、阿比原栄三郎・田中伊織・野口健司・奥沢栄助・安藤早太郎・新田革左衛門・葛山武八郎の7名の合祀墓(写真05中央)、三橋美智也氏の「あゝ新撰組」の歌碑などなど。す、スゴイ!
毎年7月16日には、ここで「新選組隊土等慰霊供養祭」が行われ、全国各地から参詣者が訪れるそう。参加自由とのことなので、機会があれば私も是非。
お次は、八木邸へ。文久3年、新選組が産声を上げた、あの八木源之烝宅です。手持ちの地図には記載がなく、壬生寺と同じ区画内にあるらしいという情報しか持たないままで向かいました。周りには、それっぽい古い家がたくさんありまして、ここか?ここか?と何度も間違いそうに。
しかしキョロキョロしたのは、僅か5分ぐらいだったでしょうか、すぐにここだと確信できるお宅を発見しました。道に面して建っている和菓子屋サンの向こうに、「誠」の赤い旗と、浅葱色×白色の暖簾の掲げられた長屋門(写真06)が。笑えるぐらいの分かりやすさです。
受付の女性に、「早く早く!」と急かされながら、手招きで呼ばれました。中で解説が聞けるらしく、それがもうじき始まってしまうというのです。1000円という高額の見学料に一瞬ビビったものの、お菓子チケット付きだということで、現金にもすぐに納得。慌てて支払いを済ませて、母屋へ駆け込みました。
既に解説は始まっており、十名程の見学者が座敷に正座。私とツレは座敷の一番隅っこで参加しました。解説者の方の自己紹介を聞き逃してしまったので、どういう方なのかは分からなかったのですが、新選組について、八木家について、それはそれは興味深いお話をして下さり、すっかり聞き入ってしまいました。見学者全員向けのお話が終わったあとは、解説者の方に質問をしたり、思い思いに屋敷内を見て回ったりすることができます。隊士たちが実際に日常を過ごした空間に入り込み、テンションは上がりっぱなし。芹沢鴨が暗殺された部屋や、その時の乱闘でついた鴨居の刀傷なんかも残っていて、本当にゾクゾクします。これは何?あれは何?と、私たちも随分たくさん質問をし、長居しちゃいました。現場を自分の目で見て、感じてみるというのは、非常に貴重な体験でした。様々な隊士たちの様々な姿を目撃した、この八木邸の長屋門と母屋は、文化年間の建物で、京都市の指定有形文化財になっているとか。撮影禁止だったため、ここに掲載できる写真はないのですが、ご興味のある方は「八木家」ホームページでどうぞ。(「八木家」HP http://www.mibu-yagike.jp)
見学のあとは、お菓子チケットを持って、先程の道に面した和菓子屋さんへ。この和菓子屋さん、京都鶴屋「鶴壽庵」(写真07右)というのですが、なんとなんと現在の八木家の方々が営んでおられるのです。お抹茶と屯所餅、めっちゃ美味しかったです♪ 実家への土産に、屯所餅を箱でも買っちゃいました。平成の八木サンは商売がお上手です。
八木邸と壬生寺から、坊城通りを挟んだお隣の区画には、旧前川邸(写真08)があります。こちらも分かりやすい入口です。旧前川邸も八木邸と同様、屯所の一つ。山南敬助の切腹、野口健司の切腹、古高俊太郎の拷問の舞台となった場所でもあるので、是非見せてもらいたかったんですが、残念、ここは非公開です。今は前川サンとは別の方が普通に住んでおられるそう。門の中に入れてもらえるだけでも感謝しないといけません。それにしても何とまぁ、野口健司切腹の間が、現在はこちらのお子さんの勉強部屋になってるっていうから、オドロキです。お子さんはどんな気分なんでしょうか。土間は「旧前川邸グッズ」のお店になっています。商品の品揃えが大変豊富で、会津桐を使用した高下駄や、隊士たちの愛刀の模造品までおいてあったり。見ているだけでも楽しいです。非公開箇所も含め、旧前川邸についての情報も、webで公開されています。(「旧前川邸」HP http://kyu-maekawatei.com)
このあとは、旧前川邸から東北方向へ向かい、山南敬助の眠る光縁寺へ、そして大宮通を南へ下って西本願寺へ、で、JR京都駅に戻る・・・という計画のはずが、情けなや、早ここでギブアップしてしまいました。スタートが遅かったことが祟って、時計は既に4時近く。気温が下がり出し、強風もふき始め、ヤバイ、寒すぎる。とりあえず辿り着いたのが光縁寺近くの阪急大宮駅で、結局のところ、当初の目的地付近まで来ることになったにもかかわらず、寒さですっかり気力と体力がダウン。光縁寺と西本願寺に未練はありましたが、また今度でいいヤと思えたのは、壬生寺・八木邸・旧前川邸で既に相当の満足感を得ていたからでしょうか。