早く次の回が見たくて、一週間が待ちきれない!なんていうドラマは久し振り。NHK・BS時代劇「薄桜記」は、つい先日、大感動の最終回を迎えました。五味康祐の『薄桜記』は、これまで何度も舞台化や映画化されている作品で、ドラマ化は11年ぶり二度目だそう。私にとっては、今回が初「薄桜記」でした。脚本にジェームス三木、主演に山本耕史を起用し、「最高の時代劇チームでドラマ化できる」と、制作統括の佐野元彦氏。ストーリー、脚本、演出、出演者のいずれもが確かに素晴らしく、実に見応えのある時代劇でした。
誰のために死に、何のために死ぬのか
物語は、旗本であり一刀流の剣豪・丹下典膳(山本耕史)と上杉家家老の娘・千春(柴本幸)の運命的な出会いから始まります。吉良上野介(長塚京三)の偶然の計らいで二人は結婚するのですが、典膳の留守中、千春は元付人に手込めにされてしまいます。芝居を打って、愛する千春の名誉を何とか守ったものの、千春を離縁した典膳は、逆上した千春の兄に斬りつけられて、左腕を失います。事件によって丹下家は家禄を召し上げられ、断絶の憂き目に。浪人となった典膳を助けたのが、道場の後輩である中山安兵衛(高橋和也/後の赤穂藩藩士・堀部安兵衛)だったのでした──。その後、安兵衛が高田馬場の決闘で名を上げたり、典膳が口入屋の用心棒に身を落としたり、松の廊下の刃傷沙汰があったりしながら、典膳は最終的に吉良上野介の用心棒となります。そして千春との復縁を目前にして、親友の安兵衛と敵味方の立場になって斬り合う羽目に。
設定から言えば、吉良家サイドから描いた忠臣蔵外伝です。中身で言えば、いかに死に花を咲かせるか、というオハナシ。「武士というものは、いつも死に場所を探しておる。誰のために死ぬのか。何のために死ぬのか」とは、物語前半に出てくる、主人公・丹下典膳のセリフで、これが「薄桜記」のメインテーマとなっています。「武士は主君のために死ねばよいが、浪人には主君がないのだ」とセリフは続いており、浪人・典膳の「死に場所」探しが始まります。そして典膳は己が斬られることによって、赤穂浪士討ち入りを成功に導くに至るのです。
律義は美しい
この「薄桜記」では登場人物たちの多くが、あらゆることに決着をつけているというか、筋を通しているというか、物事を曖昧に終わらせていない点が非常に気持ちいいです。無礼があれば償いをして謝罪する、自らの発言に責任を持つ、約束を違えない、受けた恩を忘れない・・・などなど。人としての美しさがぎっしり詰まっています。考えてみれば、こういった律義者(?)たちが登場するドラマって、今どきあまりないですよね。リアルな人間を描こうとしてか、なぁなぁだったり、はたまた奇を衒ってか、言動が突飛だったりなんかして。どんな人間でも肯定してしまうドラマが多い中、視聴者が思わず我が身を振り返って、自分を戒めずにはいられなくする「薄桜記」のようなドラマは貴重です。
ジェームス三木節、サイコー
脚本はジェームス三木が手掛けるということで放送前から楽しみにしていたのですが、やはり期待通り素晴らしかったです。何というか、彼の脚本は無駄だと思うようなシーンが一つもないんですよね。視聴者が推測できてしまう場面は、一切と言っていいほど入っていません。先の展開が読めず、ワクワクします。特に最終回は、そう来るか!そこで終わるか!と、ホントやられた感がありましたね。それから、これは上手い!と思ったのは、中山安兵衛が大名家からスカウトされるシーン。上杉と浅野の対比のさせ方は見事。また、今回も嬉しいぐらいにテンポの良い時代劇台詞がてんこ盛りです。「長らく御無音にうち過ぎ、失礼を重ねたる段、お許しのほどを」とは、道場主に対する典膳のご挨拶。さりげない台詞にもシビれます。
美しいラスト
ところで、赤穂浪士の討ち入りといえば降りしきる雪のイメージがあります。けど、雪はあくまで「仮名手本忠臣蔵」中の演出であって、実際には雪など降っていなかったらしいですね。「薄桜記」では降らせているのですが、このドラマで「あんなん嘘やで」などとツッコミを入れるのは野暮。そもそも主人公・丹下典膳が架空の人物なのですから、虚実織り交ざった世界を楽しまなければなりません。このドラマでは雪の演出が最高なんです。典膳と千春を包み込む雪の、なんと美しく、儚げなこと。二人の悲恋に相応しすぎます。あの映像には、たまらず号泣してしまいました。
とにかく素晴らしい作品でした。これは是非とも原作も読んでおきたいです。ってことで、今日、早速購入してきましたよ!