歴史探訪の旅

伊豆・下田龍馬伝![宝福寺/了仙寺/長楽寺]

投稿日:2010-06-01 更新日:

わが国が開国への道を歩み出した幕末、下田は歴史の表舞台に躍り出ました。怒涛の幕末に活躍した人々の足跡を辿るべく、先月、私は伊豆半島の南に位置する、この下田の地へ行ってまいりました。今回の交通手段は車です。この度は気合を入れて、朝8時頃に東京の自宅を出発し、途中、渋滞に巻き込まれながらも、昼前には伊豆急行下田駅付近に到着することができました。ひとまず車は駅前のパーキングに置き、地図を片手に徒歩で廻ることに。

伊豆急行下田駅サスケハナ号模型下田駅前には、「開国の街 下田」と書かれたサスケハナ号の模型(写真01)がどーんとあります。ペリー提督が乗っていた旗艦として有名なサスケハナ号は、全長約100メートル、300人乗り、2,450トンの蒸気外輪フリゲート。模型は実物よりもはるかに小さいものですが、それでもこれを見ると、おぉ黒船だぁと一気にテンションが上がってきます。駅周辺には、いたるところに「下田龍馬伝」の文字と桔梗紋がプリントされた旗が掲げられており、なかなかの盛り上がり。NHK大河ドラマ「龍馬伝」をいまいち楽しめていない私も、こちらの龍馬伝にはワクワク。
「下田龍馬伝」HP http://www.shimoda-city.info/ryoma/

♪ 名もないこの街に 異国の陽がのぼる
  乙女は悲しみを 御国(みくに)のためと知る
さて、幕末の悲劇のヒロインといえば、下田の芸者・お吉こと斉藤きち。お吉は、その美貌のために、初代アメリカ総領事・ハリスの妾になった女性です。ハリスの許へ送られるべく、婚約者・鶴松との仲を引き裂かれ、妾を解雇された後は、世間から「唐人」と呼ばれて蔑まれ、苦労の末に入水して果てました。お吉の悲劇的な人生は、十一谷義三郎の小説『唐人お吉』はじめ、数々の小説、戯曲、映画で取り上げられて広く知られるところとなりましたが、私のように、「名もないこの街に~」で始まる、サザンオールスターズの「唐人物語 (ラシャメンのうた)」という曲で知った人も多いでしょうか。下田ではお吉ゆかりの場所も訪ねてみることにします。

稲田寺・鶴松の墓下田駅前を走る国道136号線を横断し、そのまま南へ少し歩くと浄土宗の稲田寺(写真02)があります。1466年(文正元年)創建の歴史ある古刹で、こちらにはお吉の恋人だった、船大工の鶴松が眠っています。お吉は、鶴松が大好きだった山桃を供え、泣きながら冥福を祈ったそう。ひっそりとしたお寺で、この季節は藤棚がとても綺麗でした。

"宝福寺・お吉の墓・坂本龍馬飛翔の地次に、下田のメインストリート、マイマイ通りに入ります。通りの名称は、ペリー提督が下田で発見した、新種のカタツムリに由来しているとか。このマイマイ通りにあるのが、浄土真宗の宝福寺(写真03)。お吉の菩提寺となっており、お吉の墓が、恋人・鶴松の塚と並んで立っています。観光客は皆、哀しすぎる運命を背負った、時代の犠牲者の墓前で足を止めて合掌。また宝福寺は、勝海舟が山内容堂と会い、坂本龍馬の脱藩罪の許しを請うた場所でもあります。容堂の前で、勝が飲めない酒を飲み干してみせたというエピソードは有名ですよね。龍馬がこの地にて脱藩を許されたことから、下田は「坂本龍馬飛翔の地」といわれるようになりました。本堂の横に「唐人お吉記念館」が併設されており、お吉と龍馬に関する様々な史料を見学することができます。お吉コーナーでは切なくて涙・・・、龍馬コーナーでは興奮でゾクゾク、鳥肌。入場料は300円です。

宝福寺看板ところでこの特大看板(写真04)、宝福寺入口付近にあるものなんですけど、何か可笑しくないですか。お吉は現存する写真のまんまなのに、龍馬の方は当人? じゃないですよねぇ。あきらかに福山です。真面目なのかウケ狙いなのかよく分かりませんが、お吉×福山雅治という、今年ならではの看板も記念にパチリ。

了仙寺・下田条約♪ 春まだ夜は長く 鐘鳴る了仙寺
マイマイ通りの終点には、了仙寺(写真05)があります。1635年(寛文12年)創建で、日米和親条約付録の下田条約が締結された場所。国指定の史跡です。境内に隣接する宝物館には、ペリーの肖像画やペリー自筆の公文書など、黒船や開国に関する資料の原本が数千点も収蔵・展示されており、入館料500円にしては見応え満点。観光客に人気の宝物館で、大変混雑しておりました。
了仙寺HP http://www.izu.co.jp/~ryosenji/

下田開国博物館・なまこ壁了仙寺のすぐ西には、下田開国博物館(写真06)があります。建物は二棟に分かれており、1号館では下田の祭解説を、2号館ではペリー、ハリス、プチャーチンら愛用の品々や下田開港に関する資料を見ることができます。現在開催中の企画展は、「吉田松陰とR・L・スティーブンスンと金子みすゞ 下田で結ばれた不思議な縁」。2号館の常設展と企画展はとても興味深くて面白かったのですが、先程の了仙寺宝物館が現代的に整理された展示方法で大変見やすかったせいか、下田開国博物館の古くささがかなり気になってしまいました。見せ方って大事。もう少し頑張って欲しいなぁ。入館料は1,000円ですが、駅前で配布している割引クーポンを使えば900円で入ることができます。
下田開国博物館HP http://kaikoku.co.jp/TOP2/index2.html

下田の街には、下田開国博物館(写真06)のように、ちょっと変わった外観の建物が多数あります。壁に黒い瓦を張り、上から格子状に白漆喰で押さえつけた壁をなまこ壁といい、水はけが良いとか。

ペリーロード・了仙寺平滑川に沿いながら、了仙寺の東方向にのびる石畳の参道は、ペリーロード(写真07)と呼ばれています。了仙寺で下田条約を結ぶため、ペリー提督は上陸後、海兵隊を率い、この参道を歩いたそうです。結構細い道なので、さぞ長い行列になったことでしょう。かつては花街として栄えていた名残が感じられる、とても風情ある観光スポットです。

長楽寺・日露和親条約ペリーロードを途中で右折し、南の方角に少し行くと、長楽寺(写真08)があります。1855年(安政元年)、日露和親条約が締結された場所です。ロシア全権はプチャーチン提督。そういえば、北方の島々を「日本固有の領土」とする観念は、日露和親条約を根拠にしているんですよね。北方領土問題は、一体いつ、どういう形で解決するのでしょう。長楽寺は史料などの展示がないせいか、人影がなく、とても静かでした。

「ペリー上陸の碑」が立つあたりが、ペリーロードの終点。時計は三時をまわったところです。本日の散策はここまで。ペリーロードにある、洒落たカフェでのんびりお茶休憩をした後は、旅館にチェックイン。お湯と海の幸をたんと頂きました。

よく読まれている記事

「メールなどで使ってみたい武士語ランキング」と侍JAPANアイキャッチ画像 1

NTTレゾナント株式会社が、gooリサーチの登録モニター1152人を対象に「メールなどで使ってみたい武士語」について調査し、先日、その結果を発表しました。第1位に輝いたのは、「かたじけない」。続いて、第2位「面目ない」、第3位「しばし待たれよ」、第4位「~でござる」、第5位「参上」、第6位「出陣!」、第7位「けしからん」、第8位「よきにはからえ」、第9位「いとおかし」、第10位「お主」。 武士語は ...

子連れ狼北大路欣也版アイキャッチ画像 2

北大路欣也主演のテレビ時代劇『子連れ狼』は、2002年から2004年にテレビ朝日で放送されました。原作は小池一夫・小島剛夕の同タイトル漫画です。私はリアルタイムで全シリーズをみて大ファンに。DVDの発売を待って待って・・・ついにネットで見つけた、「子連れ狼 DVD-BOX 2008年12月発売予定」の広告。詳しい案内を見てみると、若山富三郎主演の映画バージョンでした・・・うう・・・いいんだけど。今 ...

-歴史探訪の旅
-, , , ,

Copyright© 戌ノ刻見聞録-AYAMEZUKI- , 2026 All Rights Reserved.