NHK大河ドラマ1980年代

NHK大河ドラマ[独眼竜政宗]再放送スタート!其ノ壱

投稿日:2010-05-08 更新日:

大河史上最高の平均視聴率記録を保持し、今なお傑作との称賛の声がやまないのは、1987年のNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」。聞くところによれば、「独眼竜政宗」の放送以前は暫く近代モノが続いていたために、視聴者の間に大河に対する欲求不満が溜まってきていたとか。そこで登場したのが「独眼竜政宗」で、これがドカーンと大当たり、多くの視聴者が大喜びしたものだから、その後の大河ドラマの大河ドラマらしさを判断する際の一つの基準として、必ずこの作品が取り挙げられるようになったのは当然のことなのかも知れません。私にとっては、この「独眼竜政宗」が大河視聴デビュー作品。大河との出会いがこの作品でなかったら、その後に続く作品を見ることはなかったでしょう。

2010年4月7日、その伝説のモノ凄い作品・「独眼竜政宗」の再放送がチャンネル銀河で始まりました。バカな私は、再放送に気づいたのがGW直前。あぁ何てこと!「独眼竜政宗」に限っては、どんな事情があろうと途中参加なんてできようはずがありません。見逃し分を直ちに視聴するため、真夜中に着のみ着のまま、ツ○ヤへ駆け込んだ次第です。これまで総集編は何度か見ましたが、完全版は初回放送の1987年以来、実に23年ぶり。

あぁぁそうそう、こうだったわぁ、と懐かしいオープニングに私は既に半泣き気味。池辺晋一郎作曲の重低音をきかせたズッシリとダイナミックな音楽も、青緑の背景に浮かぶ武者の幻想的なシルエット映像も、ドラマに相応しい強烈さで大興奮、最高に気持ちが高ぶります。あぁ、格好良い・・・!!ここまで迫力のあるオープニングが他にあるでしょうか。本編が始まる前から、政宗最高!!と叫びたくなってしまいます。オープニングだけ100回繰り返し見ても飽きないだろうというぐらいに本当にステキです。

伊達政宗は、昨年の「天地人」で松田龍平が演じ、主人公・直江兼続との絡みで度々登場したのがまだ記憶に新しいですね。政宗と直江兼続は年齢も近く、活躍した地域も近隣であり、またドラマでも開始早々に、少年時代の主君・家臣が共に寺で学ぶという同じシチュエーションが出てきたりするので、つい「天地人」を思い出しながら見る羽目になってしまいました。よりによって比べる対象が「天地人」となってしまったせいもあってか、今再び「独眼竜政宗」のズバ抜けた素晴らさを確認し・・・。ということで、ここ数年の大河ドラマを持ち出し、NHKにモノ申しながら「独眼竜政宗」を語ってみることにします。読んで下さっている方には、スミマセン、今回はめっちゃ長いです。

昨年の大河ドラマと何が違うのか

ぱっと見の設定こそ似ている「独眼竜政宗」と「天地人」ですが、戦国劇としても人間ドラマとしても、その濃度には雲泥の差があります。「天地人」は、21世紀の感覚を持った人たちの戦国コスプレ物語、愛をばら撒く説教物語であるとは以前にも書きましたが、一方この「独眼竜政宗」は、武士色1000%の軍記物語であり、武士の器量・人間の器量を問う物語。そもそも原作者或いは脚本家に「武士たる者」についての理解があるか否かという、スタートラインでの位置が既に異なっており、更に原作や脚本の圧倒的な技術差があったりするものだから、「独眼竜政宗」と「天地人」は似ても似つかない別モノに仕上がったわけです。

武士が「武士」である

「天地人」の中の、ただ何とな~く鎧兜を身につけて戦をしていただけの登場人物たちに、武士としての物足りなさを感じた視聴者は少なくなかったかと思われます。「天地人」では、武士が武士であるための絶対条件の描写が明らかに不足しおり、ビジュアルのみの武士でしかなかったからでしょう。武士であるための絶対条件とは、一にも二にも、「お家(おいえ)大事!」の意識を有しているということ。武士にとっての全てであり、守るべきは「お家」です。そしてお家のために惜しまないのが「命」であり、恐れるのは「恥」。この意識こそが武士のアイデンティティです。一国の中枢近くにいる人間ほど、こういった意識は強烈なはずで、戦から夫婦間の会話に至るまで、考えること・言うこと・行うこと全ての根底にこの意識があるのが当時のフツウなのです。「天地人」では、現代風に解釈された「義」だとか「愛」ばかりが目立って、「お家」大事の意識は曖昧でした。2008年の「篤姫」では、なんとビックリ、天下の徳川将軍家という「お家」が「家族愛に満ちたファミリー」という解釈になっており、もはや「お家(おいえ)」ではなく「お家(おうち)」でした。最近のNHKは、どうしてこうした作品を大河枠に持ってくるのか不思議でなりません。現代の価値観満載のお気軽モノを得意とする、土曜時代劇枠で放送してよって感じです。こんな低次元なことで評価するのもためらわれるのですが、その点「独眼竜政宗」は完璧です。主君として、家臣として、妻として、それぞれの立場で武士たろう、武家の女たろうとする人々の姿が、スキなく濃厚に描かれています。

武士は覇権争いに熱い

武士の捕らえ方がしっかりしていると、戦国武将の最大の関心事である領土問題についても、扱いは自然重くなるもの。「独眼竜政宗」中の奥州情勢についての描写は、政宗の両親の婚礼や政宗の幼少期を扱った冒頭から手抜かりがなく、ホームドラマ化するのを最小限にとどめています。政宗が家督を継いだとき、既に織田信長はこの世になく、豊臣秀吉が絶大な力を持ち始めていました。しかし政宗のいる奥州はいまだ群雄が割拠し、伊達領の北も南も東も西も、常に緊迫した状態。「奥州の覇者となり、果ては天下人」と、とてつもなく大きな野望を抱いた若い政宗は、豊臣、徳川、北条などの動向に目を向けつつ、奥州の覇権争いに奮闘し始めます。伊達家の命運をかけて、様々な駆け引きや工作を展開していく様は、抜群の見応えです。そういえば2007年の「風林火山」は、つけたい文句は少々あったものの、最近の大河にしては珍しく、見せるところはガッツリ見せてくれましたっけ。けど「風林火山」の人気がそこそこに終わってしまったのは、今時、戦に熱くなるドラマがウケないってことなんでしょうか。「天地人」で大河の草食化ともいうべき現象が顕著に見られた理由は、時代をふまえてのこと?

「武士語」で武士の心意気

今から数年前に「武士語」なるものが流行しました。辞書的な本が出版されたり、言語変換ソフトが発売されたり。面白い現象です。しかし残念なことに、近頃の大河はそんなブームの存在を知ってか知らずか、言葉の語尾を「~じゃ」とすれば十分だと思っている様子。まぁ頑張っても、「有り難き幸せ」どまり。「武士語」は武士の心意気を表現するのにうってつけのツールなのに、使わない手はないと思うんですけどね。武士がとても武士らしい「独眼竜政宗」では、この「武士語」がテンコ盛り。私たちが日常殆ど使うことのない四字熟語や古語なんかもバシバシ出てくるし、時代劇言葉の含有率はかなり高めです。ある回で僅か数分間になされた会話をみても、「お恨みの儀、これあり。」「武士の情けを持って~。」「泣き言は笑止千万。」「武門の儀礼を心得よ。」「~とは片腹痛し。」「与り知らぬこと。」「諸事万端恙無く。」「ご返答や如何に。」「何事も御意次第。」・・・と、こんな感じです。「有り難き幸せ」も、状況によっては「有り難き幸せに存じ上げ奉ります」とモノ凄い謙りバージョンが登場。現代語の中に「武士語」などの時代劇言葉を絶妙な加減で織り交ぜることで、場面場面の会話のテンポと緊張感を自由自在に操っており、脚本家のセンスと知性を感じます。

(「NHK大河ドラマ[独眼竜政宗]再放送スタート!其ノ弐」に続きます。)

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